1980年代当時、リアルタイムで聴いていた邦楽&洋楽の思い出の曲&アルバムを熱く語るブログ!!

僕の音楽ルーツ

音楽ブログ”わが青春の80年代洋楽&邦楽”を運営する revoeman と申します。

<1970年代後半>

幼稚園から小学生低学年

自宅には、パイオニア製の大きなターンテーブル付きステレオセット。

サザンオールスターズの”いとしのエリー”、ピンクレディーの”ペッパー警部”、ジュディオングの”魅せられて”のシングルレコード、ウルトラマン兄弟のアルバムレコードなど。

<1980年代前半>

小学生高学年

TBSのザ・ベストテンを毎週木曜日夜9:00から視聴、翌日学校の話題に。

西城秀樹の”YOUNGMAN Y.M.C.A.”の9999点、沢田研二の”TOKIO”のパラシュート、寺尾聰の”ルビーの指輪”の連続1位記録。

松任谷由実の”守ってあげたい”、中島みゆきの”悪女”、松山千春の”長い夜”、オフコースの”さよなら”などのニューミュージック勢はいつも出演せず…。

アイドル全盛期で、田原俊彦、近藤真彦のたのきんトリオ、松田聖子、中森明菜など。

<1980年代半ば>

中学生

ABCラジオのヤングリクエスト(通称ヤンリク)を聴きながら、夜中まで定期試験の勉強。

中学の同級生の名前が呼ばれ、リクエスト曲が流れていた。

安全地帯(玉置浩二)の”ワインレッドの心”、小林明子の”恋に落ちて”、岡田有希子の”LOVE FAIR”など。

毎週土曜日昼1:00のFMラジオ歌謡曲ランキングを聴きだす。

アンテナが折れたソニー製のラジオカセットレコーダー(通称ラジカセ)で、ラジオの曲をカセットテープに録音し始める。

<1980年代後半>

高校生

引き続きヤンリクを聞きながら、夜中まで定期試験の勉強。

高校からいっしょになったクラスメイトがリクエスト魔で、何度も名前を呼ばれていた。

アイドルは、ジャニーズの光GENJI、夕やけニャンニャンからおニャン子クラブ。

予備校の高校コースにいっしょに通っていた友人がオーディオが趣味で、その魅力を聞いたのがきっかけとなり、大阪の電気街日本橋に通い出し、お年玉で単品コンポを集め始める。

小室哲哉率いるTMネットワークの”GETWILD”や”BE TOGETHER”のシンセサイザーの音に魅了される。

丁度、同じ時期、中学で同じ部活だったクラスメイトが高校の時、ビリージョエルの”オネスティ”を教えてくれて、洋楽にも目覚める。

それ以来、MTVを夜中まで見て、洋楽チェックをするようになる。

合唱コンクールは、竹内まりやの哀愁漂う”駅”で挑むも、隣のクラスの斉藤由貴の軽快な”夢の中へ”に敗れる。

<1990年代>

浪人生

予備校には行かず、宅浪で乗り切ろうと1日14時間近く勉強。

苦しくなると、洋楽はTOTOとJourney、邦楽は原田知世を何度も聴いて励みにしていた。

無事、第一志望に合格して上京。

父親が友人から借りてきた1人暮らしの荷物運搬用のハイエースで東名高速を疾走、竹内まりやの”リクエスト”が流れながら、生まれて初めて生の富士山を見た。

大学生

アルバイトをして自分で稼いだお金で、当時、電気街だった東京の秋葉原に通い出し、再び単品コンポを集めだす。

カセットテープより高音質のDATに手を出す。

故坂井泉のZARD、T-BOLAN、WAND、駆け出し中のB’z、Mr.Childrenなど。

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